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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)15293号 判決 1990年7月04日

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙認容額一覧表(一)「合計」欄記載の各金員及びその内金である同表「金額」欄記載の各金員に対する同表「起算日」欄記載の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同矢野、同山内及び同中野に対し、平成元年一〇月から本判決確定に至るまで、それぞれ毎月一五日限り別紙認容額一覧表(二)記載の各金員及びこれに対する毎月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告益宮及び同岩屋に対し、それぞれ別紙認容額一覧表(三)「退職金差額」欄記載の各金員及びこれに対する原告益宮については平成元年四月二一日から、同岩屋については昭和六〇年四月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙認容額一覧表(四)「合計額」欄記載の各金員を支払え。

五  第二項の原告らの金員請求中、本判決確定後に支払を求める部分に係る訴えをいずれも却下する。

六  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

八  この判決は、第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告らに対し、それぞれ担保として別紙担保額一覧表「金額」欄記載の各金員を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙認容額一覧表(一)「合計」欄記載の各金員及びその内金である同表「金額」欄記載の各金員に対する同表「起算日」欄記載の日から支払済みまで年五分の割合による金員(ただし、原告大泉、同中野、同岩屋については、同表「合計」欄及び「金額」欄の金額とも同表の修正表による修正後のもの)を支払え。

2  被告は、原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同矢野、同山内及び同中野に対し、平成元年一〇月から毎月一五日限りそれぞれ別紙認容額一覧表(二)記載の各金員及びこれに対する毎月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  主文第三項同旨

4  原告らが、それぞれ別紙等級目録「等級・号」欄記載の各等級・号に同目録「日付」欄記載の各日付をもって昇格したこと(原告大泉、同中野及び同岩屋については予備的に、別紙等級目録の二「等級・号」欄記載の各等級・号に同目録「日付」欄記載の各日付をもって昇格したこと)及び原告らの上位等級への昇格要件である必要在級年数について別紙必要在級年数の起算日目録「等級」欄記載の各等級に同目録「日付」欄記載の各日付をもって昇格したものとして取り扱われる地位にあることを確認する。

5  被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇万円及び別紙弁護士費用目録記載の各金員を支払え。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

7  第1、2、3、5項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  原告らの主張

1  当事者等

被告は、社会保険診療報酬支払基金法に基づき設立され、東京都港区新橋に主たる事務所、全国都道府県庁所在地に各一か所の従たる事務所(以下「支部」という。)を置き、社会保険(政府管掌健康保険等)等の診療報酬の審査、支払を行っている。

原告らは、別紙経歴一欄表「入所年月日」欄記載の日にそれぞれ労働契約を締結して同表「支部名」欄記載の被告支部に入所し、以後、被告の女子職員として就労してきたが、原告らのうち、原告岩屋は昭和六〇年三月三一日に、同益宮は平成元年三月三一日にそれぞれ退職した。また、原告らは昭和五二年一二月三一日現在五等級に在級し、昭和五三年一月一日からの原告らの現実の等級・号及び賃金はそれぞれ別紙差額賃金計算表の「現行賃金」欄中の「等級・号」欄及び「賃金月額」欄に、原告岩屋及び同益宮の退職金は別紙認容額一覧表(三)の「支給退職金」欄に各記載のとおりである。なお、賃金は毎月一日から末日までの分を当月一五日に、期末手当は三月期末手当、六月期末手当、一二月期末手当とも当該月の末日に(ただし、昭和五六年六月期末手当については同年一二月三日までに)、それぞれ支給されることとされ、退職金は原告岩屋については昭和六〇年四月二六日に、同益宮については平成元年四月二一日にそれぞれ支給された。

原告らの就労している各支部には、労働組合が二つ存在し、その一つは、昭和二五年に被告の職員によって組織された全国社会保険診療報酬支払基金労働組合(以下「全基労」という。)であり、他の一つは、昭和三九年に全基労から分離し、結成された社会保険診療報酬支払基金労働組合(以下「基金労組」という。)であるが、原告らは現在全基労に属している。

2  原告らの従事する業務内容

被告の業務は、各都道府県に設置されている被告支部に対し、当該都道府県に所在する医療機関等から提出される診療報酬請求書又は調剤報酬請求書(以下「請求書」という。)及び診療報酬明細書又は調剤報酬明細書(以下「明細書」という。)を審査し、これに基づき医療機関等に右各報酬を支払うことであり、被告の職員が従事する業務の内容は、次のとおりである。

(一) 請求書等の受付

医療機関等は、請求書及び明細書を所定の日までに被告支部に提出することになっており、被告は、右医療機関等が保健医療機関等として指定されていることを確認のうえ右請求書及び明細書を受け付ける。

(二)請求書の審査

まず、被告の職員が被保険者又は被扶養者、記号番号、生年月日、診療開始日等の所要記載事項の脱漏、不明、固定点数(診療報酬点数表、薬価基準等に定められている点数)の誤り等についてあらかじめ点検し、その結果、誤りがあるものについては、補正、返戻等所定の処理をおこなう。次に、支部幹事長委嘱による審査委員会において一定期日までに診療報酬請求の適否を審査する。そして、右審査終了後、明細書ごとに医療機関等に支払うべき点数を算出し、右点数に異動を生じたものについては、増減点数通知書を作成して当該医療機関等に通知する。

(三) 支払額及び請求額の算出

右審査を完了後、その明細書に基づき、医療機関等ごとの支払額及び保険者等ごとの請求額を算出する。この処理は、電子計算機又は手作業により行っているが、電子計算機による場合は、明細書を保険者ごとに分類のうえ、入力データにおいて計算処理し、手作業による場合は、医療機関等ごとに支払額を算出後、明細書を保険者等ごとに分類のうえ請求額を算出し、請求書を作成する。

(四) 請求及び支払

被告は、右(三)において算定した請求額を、所定の日までに保険者等に請求し、その払込みを受け、この払込みを受けた資金と保険者等からあらかじめ一定額の委託を受けている資金をもって支払を完了する。

(五) 過誤処理

保険者等又は医療機関等から、審査決定に対する疑義、他の保険者等の明細書の混入、資格喪失後の受診等の申出を受けた場合には、その申出の適否を決定し、調整を要するものについては過誤として処理し、当該保険者等及び医療機関等の請求額及び支払額を調整する。

右各業務は男女の区別なく毎月定められた日程に沿って、三等級以下の全職員が従事し、三等級以下の職員で右業務の分担が免除される者はいない。また、被告は、毎年の職員採用試験において、男女を同一に扱っており、支部における採用は男性に比べ女性が多く、例えば、昭和五三年六月から昭和五四年五月までの採用者数は男性八六名、女性二一一名である。

3  被告の昇格・昇給制度

被告職員の職務は、一等級から七等級までの七つの等級に区分され、この職務の等級に対応して給料表も一等級から七等級まで定められている。例えば、本件に関連する支部における三等級及び四等級の職務についていえば、三等級が課長心得、課長代理、係長及び調査員、四等級が係長心得、班長、及び副調査員となっている。被告においては、下位等級から上位等級へ格上げすることを昇格と呼んでいるが、昇格に伴い給料の等級号俸も上がり、給与が上がる仕組みとなっているから、昇格は当然昇給を伴う。そして、昇格の要件は、職員給与規程に付属する「職員の職務の等級、初任給、昇格、降格、昇給の基準」の四条において、「必要経験年数又は必要在級年数を良好な成績で勤務したものでなければならない。」と定められている。

4  女性に対する昇格・昇給差別

(一) 一・二五協定の締結

全基労は、昭和三九年に基金労組が全基労から分離して以来、被告から不当な組合間差別をされたため、その是正を求めて交渉を繰り返していたが、昭和五一年九月二二日に全基労と被告との間において、昇格・昇給における右差別の是正を図るため、労使間で協議し早急に解決する旨の確認がなされ、これを契機としてその直後である同年一〇月には中央労働委員会(以下「中労委」という。)で和解交渉が開始された。この和解交渉の前から、全基労は全女子職員を対象として昇格・昇給における女性差別の是正を求めていたため、右和解交渉においては右差別の是正も問題とされた。そして、全基労と被告との間において、昇給・昇格における組合間差別は中労委関与事項として中労委において交渉することとし、女性差別を昭和五二年一二月末日までに是正せよという全基労の要求については労使間における自主交渉事項とする旨の確認がなされた。

しかし、自主交渉事項とされた女性差別の是正については、被告は資料すら提示せず、結局期限の昭和五二年一二月末日まで進展がみられなかった。他方、中労委関与事項とされた組合間差別については、和解交渉の結果、昭和五三年一月二五日、男子職員で全基労に所属する守屋幹二ほか四九名につき三等級又は四等級への昇格措置を取ることなどを内容とする合意が成立した。そこで、全基労は、一四年に及ぶ労使紛争を解決する観点から、やむなく他の未解決の項目と共に全女子職員を対象とする昇格・昇給における女性差別の是正を継続交渉事項とすることにし、同日被告との間で、全基労所属の右男子職員につき、以下に述べる昇格要件で、勤務成績などによる選考をしないで一律に三等級又は四等級へ昇格させる(以下「選考抜き一律昇格」という。)措置等を実施し、女性差別の是正を継続交渉とする旨の協定(以下「一・二五協定」という。)を締結した。

(1) 三等級への昇格要件

昭和五一年一〇月一日現在において、基金労組に所属する男子職員で昭和四二年八月から昭和五二年三月までの間に三等級に昇格した者の昇格時における経験年数(勤続年数に職歴や学歴等の前歴加算等により修正を施したもの)の全国平均値である二一年一月を超えることを三等級昇格要件とし、昇格発令時期につき、右同日現在で勤続二四年六月以上の者は昭和五三年一月一日付けで、同じく右同日現在で勤続二四年六月未満の者は昭和五三年七月一日付けでそれぞれ三等級とする。ただし、上位等級への昇格に当たっての必要在級年数の起算日は、いずれも勤続二一年一月に達した日の翌月一日(「達した日」が月の初日の場合はその日)とする。

(2) 四等級への昇格要件

昭和五一年一〇月一日現在において、基金労組に所属する男子職員で昭和四二年八月から昭和五二年三月までの間に四等級に昇格した者の昇格時における経験年数の各支部別平均値(別表「四等級昇格の支部別平均勤続年数表」記載のとおり)を超えることを四等級昇格要件とし、それぞれの所属支部の平均勤続年数に達した日の翌月一日(「達した日」が初日の場合はその日)をもって四等級に昇格・昇給したものとして給料の号の是正を行い、昭和五三年一月一日付けでそれぞれ四等級とする。ただし、上位等級への昇格に当たっての必要在級年数の起算日は、右平均勤続年数に達した日の翌月一日(「達した日」が月の初日の場合はその日)とする。

(二) 二・二八確認

ところが、被告は、右一・二五協定後継続交渉事項とされた女性差別の是正につき一度も全基労と交渉をしないまま、昭和五三年二月二八日基金労組との間において、男子職員で基金労組に所属する和田信ほか一〇一名につき、一・二五協定と同様に、三等級又は四等級への選考抜き一律昇格の措置を講じる旨の確認(以下「二・二八確認」という。)をした。二・二八確認における昇格基準は、三等級昇格対象者の発令時期の点で一・二五協定と異なり、「勤続二四年六月以上」という要件のほかに、「昭和五二年一二月末に四等級の班長又は副調査員であること」、「四等級在級六月以上であること」という二要件を設け、勤続二一年一月を超える三等級昇格対象者のうち、これらの三つの要件を満たす者を昭和五三年一月一日付けで、満たさない者を同年七月一日付けで昇格発令するものとされたが、その余の点は同一であった。しかし、二・二八確認は、女子職員については、右選考抜き一律昇格の対象からすべて除外するものであった。

(三) 三・一六確認

さらに、被告は、同年三月一六日に全基労との間において、男子職員で非組織労働者である四名につき、二・二八確認と同一の昇格要件及び昇格発令時期基準により三等級又は四等級への選考抜き一律昇格の措置を取る旨の確認(以下「三・一六確認」という。)をした。しかし、被告は、それまでの間、右昇格要件を満たす女子職員については同様の措置を取らなかった。

(四) その後の女性差別

その後、被告は、女性差別是正に関する全基労からの昭和五三年六月二七日の要求も受け入れず、労働基準監督署から被告に対してされた「協議による解決」の指示にも従わなかった。そして、被告は基金労組との間で交渉を進め、昭和五四年一二月二七日には基金労組の女性について若干の給料の号の調整をする旨の確認(以下「一二・二七確認」という。)を取り交わした。

(五) 以上のとおり、被告は、全基労との間における一・二五協定において、全女子職員を対象とする女性差別の是正を継続交渉事項としながら、全基労と交渉もせず、その約一か月後に基金労組との間において二・二八確認を取り交わして、勤務成績などによる選考をせずに経験年数を唯一の基準として男子職員を三等級又は四等級に昇格させながら、同一の昇格要件を満たしている原告らを含む多数の女性を昇格・昇給からすべて除外して男女差別を行った。そして、三・一六確認の際もなんらの措置を取らずに、その後も女性差別を継続したものである。

5  差額賃金等を請求する根拠

(一) 労働基準法一三条による責任

(1) 憲法一四条は、法の下の平等を定め、性別による差別を禁じている。そして、労働基準法三条は、国籍、信条又は社会的身分を理由とする差別的取扱いを禁止し、性別による差別的取扱いは特に明文をもって禁止していないが、これを加えなかったのは、女性労働者に対して、母体保護及び実質的平等の確保という見地から特別の規定が設けられているからであり、性別を理由とする不合理な差別的取扱いを禁止する趣旨であることは明らかである。また、労働基準法四条は、性別を理由とする賃金の差別的取扱いを禁止しているが、これは女性に対して歴史的に賃金についての差別的取扱いが特に顕著な弊害を生んできたことからこれを罰則付きで禁止したものであり、賃金以外の労働条件について性別を理由とする差別的取扱いを許容する趣旨ではない。

男女差別の禁止は、国内的にも、国際的にも広く認められるに至っている。すなわち、昭和六〇年には、募集、採用を含め定年退職に至るまで、あらゆる労働条件についての女性に対する差別を禁止した「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」(以下「男女雇用機会均等法」という。)が成立し、同法八条には、配置及び昇進について、事業主は女性を男性と均等な取扱いをするよう努めなければならないと規定されている。また、国際的にみても、男女平等は既に西暦一九四四年のフィラデルフィア宣言において規定され、その後も、西暦一九六六年の国連第二一回総会で採択された国際人権規約のA規約七条や、ILO一〇〇号条約において労働条件における男女差別の禁止が規定されており、西暦一九七九年には国連第三四回総会において、「女子に対するあらゆる形態の差別撤廃条約」が採択され、これらの条約はいずれも我が国において批准されている。

このように、男女差別は、憲法一四条、労働基準法三条、四条の趣旨に違反し、民法九〇条に規定する「公ノ秩序」に反するものというべきである。

(2) 前記4に記載する被告の女性に対する差別的取扱いは、右の男女差別に該当するから、民法九〇条に違反して無効である。したがって、本件において二・二八確認のうち女性に関する部分は、無効であり、この無効となった部分については、労働基準法四条、一三条の類推適用により、男性について定められた労働条件が適用されることになるから、原告ら女性は、男性について定められた基準による男性と同様の昇格及び昇給をしたものとして、賃金等を請求する権利を有する。

(二) 債務不履行責任

原告らは、前記1記載のとおり、被告との間にそれぞれ労働契約を締結して被告各支部に入所したのであるから、被告は、使用者として右労働契約に基づき原告ら労働者を平等に取り扱う義務を有する。したがって、前記4記載のとおり、被告が勤続年数を唯一の基準とし、男性につき選考抜き一律昇格の措置を取り、女性をその対象から除外したことは、使用者たる被告に課せられた平等取扱い義務違反である。

そうすると、原告らは、被告に対し、被告の債務不履行に基づいて、男性について定められた基準による男性と同一の昇格及び賃金を請求する権利を有する。

(三) 不法行為責任

昇格・昇給における男女の差別的取扱いは、右(一)のとおり、憲法一四条、労働基準法三条、四条の趣旨に違反し、民法九〇条に規定する「公ノ秩序」に反するものであるから、違法な行為であり、被告には男女を平等に取り扱う義務がある。

しかるに、被告は、一・二五協定、二・二八確認及び三・一六確認を締結することが男性のみを一律に昇格させ、女性を右昇格から除外して女性を差別することになるものであることを十分認識しながら、前記4記載のとおり右協定及び確認を締結した。そして、その後においても右二・二八確認等による女性差別を是正しようとはせず、これを継続しているものである。

仮に被告に右に述べた女性を差別することについての認識がなかったとしても、被告は、二・二八確認及び三・一六確認締結時において、右各確認が女性を差別し、その結果原告らに損害が発生することを知り得べきであるのに知らなかったものであるから、被告には過失がある。すなわち、前記のとおり、被告は、一・二五協定の締結に当たり、全基労から被告における従来からの女性差別の事実を指摘され、右協定において、女性差別問題を継続交渉事項としたのであるから、それまでの右女性差別の事実を十分認識していた。したがって、被告には、二・二八確認及び三・一六確認締結の際には、原告ら女性に損害を与える違法な事実の発生を回避すべき注意義務があったのに、被告はこれを怠ったものというべきである。

以上のとおり、被告は故意又は過失によって本件女性差別を惹起したものであるから、被告の行為は不法行為を構成し、被告には本件女性差別により原告に発生した損害を賠償すべき責任がある。

(四) 労働基準法四条による責任

労働基準法四条は、男女の同一賃金を規定しているが、本件においては、前記4記載のとおり、二・二八確認等によって、勤続年数を唯一の基準として男性のみを昇格・昇給させ、女性を一律にこの昇格・昇給から排除し、賃金差別を生じさせたものであり、性別により賃金差を設けたことは明白である。したがって、男女の賃金差別を禁止した同条に違反し、同条により直接に差額賃金請求権を生ずるものと解すべきである。

6  原告らの請求

(一) 差額賃金又は差額賃金相当損害金の請求

(1) 本件口頭弁論終結時までの差額賃金

原告らの昭和五一年一〇月一日時点の勤続年数は、それぞれ別紙経歴一欄表「入所年月日」欄記載の入所年月日から算出され、一部の者については同表「最終学歴」欄記載の学歴を考慮して出された同表「前歴加算」欄記載の前歴加算をした上で算出され、それぞれ同表「昭和五一年一〇月一日現在、勤続年数」欄記載のとおりである。そして、前記4記載の一・二五協定及び二・二八確認における三等級及び四等級への昇格基準(ただし、二・二八確認により付加された要件は、全基労を差別するものであるから、考慮しない。)に右勤続年数をあてはめ、その後の定期昇給を考慮すると、原告らの昭和五三年一月一日からのあるべき等級・号及び賃金額は、それぞれ別紙差額賃金計算表「是正さるべき賃金」欄中の「等級・号」欄及び「賃金月額」欄に記載のとおりであり、原告らの昭和五三年一月一日からの現実の等級・号及び賃金額は、それぞれ別紙差額賃金計算表「現行賃金」欄中の「等級・号」欄及び「賃金月額」欄に記載のとおりであるから、原告らの本件口頭弁論終結時までの差額賃金は、同表「差額賃金計」欄記載のとおりとなる。

なお、三等級の昇格につき二・二八確認により付加された要件によると、原告大泉、同中野、同岩屋の各等級は別紙等級目録の二のとおりとなり、差額賃金は別紙差額賃金計算表の二のとおりとなるほかは、右と同じである。

(2) 本件口頭弁論終結後の差額賃金

原告らの本件口頭弁論終結後の差額賃金は、原告らのうち、原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同矢野、同山内、同中野において発生し、別紙差額賃金計算表の平成元年九月の「是正さるべき賃金」欄中の「賃金月額」欄記載の金額から、「現行賃金」欄中の「賃金月額」欄記載の金額を差し引いた、「差額賃金月額」欄記載のとおりである。

(3) 差額退職金

原告益宮及び同岩屋の差額退職金は、本件昇格措置が取られた場合の退職金額である別紙認容額一覧表(三)の「是正賃金による退職金」欄記載の金額から、現実に支給を受けた金額である「支給退職金」欄記載の金額を差し引いた、「退職金差額」欄記載のとおりである。

そこで、原告らは、前記5の(一)、(二)若しくは(四)記載の根拠に基づき以上の差額賃金及び差額退職金の支払を、又は前記5の(二)若しくは(三)記載の根拠に基づき以上の差額賃金及び差額退職金に相当する損害金の支払を求めるとともに、これに対する請求の趣旨記載の各日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお、原告押川は、昭和六三年七月から九月までの現行賃金が是正さるべき賃金を毎月五二八〇円、合計一万五八四〇円上回るため、これを控除して請求しているが、右控除は遅延損害金との関係で被告に最も有利である昭和五三年一月分の賃金又は賃金相当損害金から行っているものと解するのが相当である。)。

(二) 昇格等の確認請求

前記4記載の三等級及び四等級の昇格基準に基づくと、原告らの等級・号及び昇格時期は、別紙等級目録「等級・号」欄記載の各等級・号及び同目録「日付」欄記載の各日付のとおりであり、また、昇格したものと取り扱われるべき等級及び時期は、別紙必要在級年数の起算日目録「等級」欄記載の各等級及び同目録「日付」欄記載の各日付のとおりである。

そこで、原告らは、前記5の(一)又は(二)記載の根拠に基づき、原告らがそれぞれ別紙等級目録「等級・号」欄記載の各等級・号に、同目録「日付」欄記載の各日付をもって昇格したこと及び原告らが別紙必要在級年数の起算日目録「等級」欄記載の各等級に同目録「日付」欄記載の各日付をもって昇格したものとして取り扱われる地位にあることの確認を求める。

なお、三等級の昇格につき二・二八確認により付加された要件によると、原告大泉、同中野、同岩屋の昇格は別紙等級目録の二のとおりとなるので、右原告三名は、予備的に、同目録「等級・号」欄記載の各等級・号に同目録「日付」欄記載の各日付をもって昇格したことの確認を求める。

(三) 慰藉料

原告らは、被告との間に雇用契約を締結し、男性と全く同一の職務に従事し、各々の職場でその業務に励んできた。それにもかかわらず、被告は、原告らが単に女性であるという理由のみをもって、二・二八確認等により一定の基準で男性を昇格・昇給させながら、原告ら女性を除外した。このことにより原告らは男性より職務の等級において下位におかれ、賃金もまた差別された。すなわち、女性であるというだけで差別され、屈辱を味合わされ、誇りを傷つけられてきたのであり、その精神的損害は大きい。

これらの精神的損害は金銭では計り得ぬものではあるが、あえて金銭に換算し、その一部として原告らは、前記5の(二)又は(三)に記載する根拠に基づく損害賠償として、それぞれ金五〇万円を請求する。

(四) 弁護士費用

原告らの大多数が所属する全基労は、被告に対し従来より女性差別の是正について申し入れ、一・二五協定においても被告職場における女性差別の解消を継続交渉事項とした。しかるに被告は、二・二八確認等により、女性差別を一層拡大し、結局原告らは、訴訟によって請求をなさざるを得ず、原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴えの提起とその追行の一切の手続を依頼し、その費用として原告ら各人の請求額の一〇パーセントの支払を約した。

そこで、原告らは、前記5の(二)又は(三)に基づく損害賠償として、別紙弁護士費用目録「金額」欄記載の弁護士費用の支払を請求する。

二  原告らの主張に対する認否

1  原告らの主張1の事実(当事者等)は認める。

2  同2の事実(原告らの従事する業務内容)のうち、三等級以下の全従業員が原告ら主張の業務に従事し、三等級以下の従業員で右業務の分担が免除される者はいないことは否認するが、その余の事実はすべて認める。

なお、被告の従業員が従事する業務は原告らの主張の業務だけではなく、庶務、会計、資金、過誤調整、審査、企画に関する業務がある。また同一業務においても、職務の等級により、担当する業務の範囲及び質、量は同じではない。

3  同3の事実(被告の昇格・昇給制度)は認める。ただし、昇給とは現に在給する等級において適用されている給料の号を同等級の上位にすることをいうので、昇格が昇給を伴うものではない。

4(一)  同4(一)の事実のうち、被告が昭和五三年一月二五日に全基労との間において、男子職員で全基労に所属する守屋幹二ほか四九名につき、三等級又は四等級への昇格措置をする旨の一・二五協定を締結したこと、右協定締結に当たり、勤続年数二一年一月を超えることを三等級への昇格要件としたこと、三等級から上位等級への昇格に当たっての必要在級年数の起算日は勤続二一年一月に達した日の翌月一日(「達した日」が初日の場合はその日)としたこと、四等級昇格の支部別平均勤続年数(別表「四等級昇格の支部別平均勤続年数表」記載のとおり)を超えることを四等級への昇格要件とし、それぞれの所属支部の平均勤続年数に達した日の翌月一日(「達した日」が初日の場合はその日)をもって四等級に昇格・昇給したものとして給料の号の是正を行い、昭和五三年一月一日付けでそれぞれ四等級とすることとしたこと、四等級から上位等級への昇格に当たっての必要在級年数の起算日は平均勤続年数に達した日の翌月一日(「達した日」が初日の場合はその日)としたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

一・二五協定においては、五等級の者について勤続二四年六月以上であれば昭和五三年一月一日付けで三等級とする旨合意していない。また、被告が、継続交渉事項とすることに同意したのは「男女差の解消」であって、「男女差別の是正」ではない。すなわち、被告においては、職員給与規程上職員の昇格につき、男女の性別によってその適用基準を異にしているわけではないが、制度運用の実績で男女間に格差が生じ、昭和四二年から約一〇年間における昇格者の経験年数において、女子職員と男子職員との間には、等級によって差はあるが、四年半ないし五年半の格差が存在していた。そこで、全基労は、中労委に対する昭和五一年一一月一〇日付けの「要請書」において、昇格一般における男女差の段階的解消を図るため、全基労と被告との協議により基準を定めるべきであるとの交渉事項を提示し、これが一・二五協定における継続交渉事項となったものである。そして、昇格における男女格差を一挙に解消するのであれば改めて基準を定めるまでもないから、継続交渉事項となったのは「段階的是正」すなわち「男女差の解消」であることは明らかである。

(二)  同4(二)の事実は認める。ただし、三等級昇格対象者の発令時期については、<1>経験年数二四年六月以上であること、<2>四等級の職務に就いていたこと、<3>四等級昇格後六月を経過していたことの三要件を満たす者を昭和五三年一月一日付け、<1>と<3>の要件を満たすが、<2>の要件を欠く者を同年四月一日付け、その他の者を同年七月一日付けとすることとし、三段階に分けたものである。

(三)  同4(三)の事実は認める。

(四)  同4(四)の事実のうち、被告が昭和五四年一二月二七日に基金労組との間で、基金労組の女子従業員について給料の号の調整をする旨の確認書を締結したことは認め、その余の事実は否認する。

(五)  同4(五)は争う。

5(一)  同5(一)は争う。

労働基準法一三条は、労働契約中無効となった部分を同法の定める基準で直接規律しようというものであり、実質上は契約内容補充の効果をもたらすものであるから、このような契約内容補充の対象となる労働条件は、労働時間とか災害補償額のように法文上具体的に明記されているものに限られ、差別のない待遇などというような抽象的基準では規律される内容が不明確で、無効となった契約の補充効果を果たさないから、同条が適用されることはない。

(二)  同5(二)は争う。

仮に使用者が労働者を平等に取り扱う義務があるとしても、それは個々の労働者との雇用契約上の義務の内容を構成するものではなく、労働者が雇用契約に基づき具体的な平等取り扱いを要求する請求権を有することを意味するものではない。

(三)  同5(三)は争う。

被告には本件行為により客観的に違法とされる事実が発生することの認識がなかったし、また、原告らに損害と評価すべき影響を与え、違法な結果を生ずることになるとは、到底予見しえなかったものであるから、故意過失が存在しない。また、女性を男性と差別せず平等に扱うことが期待権とか人格権を構成するものではないから、本件において被侵害利益はなく、後記のとおり本件行為は公序良俗に違反しないから、侵害行為も存在しない。

(四)  同5(四)は争う。

本件は昇格措置を定めたもので、賃金の改定ではないから、労働基準法四条に違反しない。また、同条違反があったとしても、違反によって直接債権債務が生ずるいわれはない。

6  同6(一)及び(二)は争う。ただし、仮に原告らがその主張する等級、号に該当するとすれば、原告らの賃金月額、退職金額がその主張する金額となることは認める。なお、定期昇給は特段の事情がない限り一二か月毎になされ、昇格があった場合この期間が短縮されることがある。

同6(三)の事実は否認し、主張は争う。

同6(四)の事実は不知、主張は争う。

三  被告の主張

1  被告と全基労とは、一・二五協定において、労使間の交渉により男女差を段階的に是正する基準を定立する旨の労働協約を締結したから、被告が女子職員について、原告らが本訴で請求するような昇格措置を取らなくとも違法ではない。

被告の職員給与規程上は、職員の昇格について男女の性別によってその適用基準を別にしているわけではないが、昭和二三年に被告が発足してから昇進制度運用の実績で男女間に格差が生じていた。そのため全基労は、被告との間の昭和五一年九月二二日付け覚書以降、各支部において、基金労組所属の男子職員の昇格実績を基準にして、全基労所属の男子職員のそれとの格差のみならず、女子職員との格差をも一挙に廃絶させる要求をしていた。ところが、全基労は、中労委宛の昭和五一年一一月一〇日付けの要請書において、従来の要求を撤回し、昇格における男女格差の段階的是正による漸進的解消を図るため、全基労及び被告の双方の協議により基準を定めることを要求し、これを受けて、被告と全基労とは一・二五協定において、被告及び全基労の労使間協議により昇格要件の経験年数及び在級年数等につき新たに基準を定立することを継続交渉とする旨の条項を入れることに合意した。その後、右交渉は進展しないままで、未だ右基準を定立するに至っていない。したがって、労働協約の内容たる右継続交渉の条項が解約されない限り、被告が原告らに対し、男子職員に対する選考抜き一律昇格と同様の措置を取らなかったからといって、何ら違法はない。

2  被告が原告らにつき選考抜き一律昇格の措置を取らなかった取扱いについては、次に述べるとおり合理的理由があり、被告には何ら帰責事由がなく、違法性もない。

(一) 男子職員についての昇格措置の理由

(1) 全基労所属の男子職員について

全基労は、組合分裂があった昭和三九年から被告の組合間差別により不利益を被ってきたことを理由に、昭和五一年ころから男子職員の三等級及び四等級の昇格人事において、その差別の是正、回復措置として、被告に対し男性を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格を全基労所属の男子職員について措置すべきことを求めてきた。これに対し、被告は極力反対したため、労使間の交渉は難航し、結局中労委の介入主導と強力な勧告により、昭和五三年一月二五日に一・二五協定を締結し、組合間差別の回復措置としての全基労の要求をほぼ全面的に受け入れ、全基労の守屋幹二ほか四九名の男子職員につき男性を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格の措置を取ることとなった。

(2) 基金労組所属の男子職員について

全基労所属の男子職員に対し組合間差別是正を理由として措置された一・二五協定の選考抜き一律昇格は、逆に基金労組所属の男子職員で、その経験年数において右協定の経験年数要件を満たす者に対して、いわゆる逆差別による不利益取扱いをもたらした。基金労組は、直ちに右逆差別の是正を求めたため、被告は、右逆差別の是正をしないことは昇格における組合間差別の不当労働行為にほかならないとして、基金労組との間において、選考抜き一律昇格を措置した全基労所属の男性職員と同一基準に該当する基金労組所属の男性職員について同様の措置をすることを約した二・二八確認を締結した。

(3) 非組織男子職員について

右に述べたとおり、全基労及び基金労組に所属する組織労働者につき男性を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置しながら、他方右各労働組合のいずれにも所属しない非組織労働者につき右措置をしないことは、被告の昇格人事において、非組織労働者であることを理由として差別的取扱いをしたことになり、しかも、非組織労働者につき右措置をしないとする格別の合理的理由はなかった。そこで被告は、全基労の要求に従い、同年三月一六日に三・一六確認を締結し、右男子職員につき選考抜き一律昇格の措置を取った。

(4) 以上のとおり、被告の本件昇格措置の理由はそれぞれ異なり、全基労に所属する男子職員の場合は、昇格における男子職員の全基労と基金労組との組合間差別の是正要求に応じたものであり、基金労組に所属する男子職員の場合は、一・二五協定がもたらした組合間差別すなわち逆差別を是正したものであり、非組織労働者の場合は、全基労及び基金労組の組織労働者と非組織労働者との間における昇格上の不利益取扱いたる差別を是正したものである。

(二) 女子職員についての昇格の不措置理由

被告が男子職員につき男子を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置しながら、他方女子職員で右と同一の経験年数基準を充足する原告ら女子職員につき右措置をしなかった理由も、前記の各所属に対応して以下に述べるとおり異なるものである。

(1) 全基労所属の女子職員について

全基労所属の男子職員の場合、全基労所属であることを理由として昇格上の差別的取扱いを受け、不利益を被ったとして、その差別の是正、回復措置として選考抜き一律昇格が一・二五協定によって措置されたのであるから、女子職員である原告らのうち全基労所属の者は、全基労所属の職員であることの故をもって基金労組所属の女子職員に対比して昇格上の差別的取扱いを受け、不利益を被っているときに限って、雇用における男女平等取扱いの原則に従い、被告に対してその差別の是正、回復措置を求めることができるというべきである(この場合、基金労組の女子職員の平均勤続年数が資格要件となるはずである。)。しかしながら、原告らは、全基労所属の女子職員について、三等級及び四等級への昇格上の組合間差別に該当する不利益取扱いの事実が存するとしてその是正を要求することもなく、本訴においても右事実を主張立証しようとしない。そもそも女子職員については、組合間差別に当たる不利益取扱いの事実が存在しないのである。

したがって、同じ全基労の職員でありながら、男子職員については経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置し、女子職員である原告らについては組合間差別の不存在により右昇格措置を講じないこととした被告の本件男女別の取扱いには、十分合理的理由がある。

(2) 基金労組所属の女子職員について

右に述べたように、全基労所属の女子職員について昇格上の組合間差別が存しないことから、組合間差別の是正、回復措置がなされなかったのであり、原告らのうち二・二八確認当時基金労組に所属していた女子職員と全基労所属の女子職員との間において、男子職員間におけるような逆差別の不利益取扱いが生じることもまたあり得なかった。

したがって、同じ基金労組の職員とはいえ、男子職員については経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置し、女子職員についてはその措置理由たるべき組合間逆差別の不存在により右昇格措置を講じないこととした被告の本件男女別の取扱いには、十分合理的理由がある。

(3) 非組織女子職員について

右(1)及び(2)に述べたとおり、ともに組織労働者である原告らについて、三等級及び四等級の昇格上それぞれ組合間差別及び逆差別が存しないことから、右差別及び逆差別の是正、回復が措置されなかったことが明らかであるから、二・二八確認当時非組織女子労働者と組織女子労働者との間において、男子職員間におけるような差別的不利益取扱いが生じることもまたあり得なかった。

したがって、同じ非組織労働者とはいえ、男子職員については経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置し、女子職員についてはその措置理由たるべき差別的不利益取扱いの不存在により右昇格措置を講じないこととした被告の本件男女別の取扱いには十分合理的理由がある。

(三) 以上によれば、組織、非組織を問わず男子職員については、男子を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格の措置を取るべき理由ないし原因があったが、女子職員については、女子を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格の措置すらその必要がなく、まして男子と同一の経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置しなければならない理由ないし原因はなかった。したがって、女子職員につき右昇格措置を講じないこととしている被告の本件男女別の取扱いについては、十分に合理的理由のあることであるから、被告の原告らに対する本件取扱いが法律上の不合理な差別に当たらないことは明らかである。原告らの主張は、ひたすら理念的男女平等観に駆られて、唯一結果の平等だけを追及するものにほかならず、失当である。

3  本件昇格に関する男女別の取扱いは、次に述べるとおり公序に反するものではない。

(一) 原告らは公序違反の前提として労働基準法四条違反を主張するが、労働基準法四条は、労働条件のうちの賃金について、同一価値の労働に対する同一賃金の原則を前提として、女子であることを理由として男子と比べ差別して取り扱うことを禁止したものである。ところで、被告の制度上の昇格とは、昇格に伴って職務の等級に対応する給与の等級が決定されるから、労働条件の重要な変更であることはいうまでもないが、職員の職務を昇格基準に基づき一等級上位の等級の職務に決定することであり、職務の複雑、困難及び責任の度合いに基づいて分類された職務の等級を変更することにほかならない。したがって、仮に昇格について差別的取扱いがあり、これに伴って給与の等級が変更されたとしても、昇格自体は職務の内容を変更することにあるから、同法四条の賃金について差別的取扱いをしたことにはならない。したがって、本件選考抜き一律昇格に関する男女別の取扱いは、同法四条に違反するものではない。

(二) また、原告らは公序違反の前提として労働基準法三条違反を主張するが、労働基準法三条は、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件につき差別的取扱いをしてはならない。」と規定し、同法四条は、「使用者は、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と比べ差別的取扱いをしてはならない。」と規定しているから、使用者が、労働者が女子であることを理由として、賃金以外の労働条件について、男子と比べ差別的取扱いをすることは、労働基準法上禁止されていないものといわなければならない。男女雇用機会均等法においても、事業主は、労働者の昇進について、女子労働者に対して男子労働者と均等な取扱いをするように努めなければならないとする努力義務を規定しているが、昇進について性別に基づく差別的取扱いを禁止するまでには至っていない。したがって、本件選考抜き一律昇格に関する男女別の取扱いは、同法三条に違反するものではない。

(三) 被告が、原告らにつき選考抜き一律昇格を措置しないこととしたのは、専ら次の理由によるものであって、女子であることを理由とするものではない。

ア 本件選考抜き一律昇格措置は、被告の人事管理における昇格制度上到底正当に位置付けることのできない異常措置であり、職員給与規程等の規定に違反し、当時の昇格運用基準にも抵触するものであるから、違法な人事処遇である。したがって、再び過ちを繰り返してはならず、その性別を問わず、更に右の昇格措置を講じることは許されないから、選考抜き一律昇格を原告ら女子職員について措置しないこととしたのである。これにより昇格上男女格差が生じたからといって、そのことをとらえて法律上の不合理な差別的取扱いであるとはいえない。

イ 全基労は、原告ら女子職員の昇格について、当初、組合の各支部段階で提示した理念的かつ急進的な男女差別是正の要求をしていたが、新たに組合本部段階の要求として、昇格における男女格差の段階的是正による漸進的解消を図ることとし、そのための新たな基準を定立して、昇格上の男女格差を是正することとした。そして、被告との間に一・二五協定を締結し、男子職員については選考抜き一律昇格を措置しながら、女子職員については右基準の定立を継続交渉事項とした。そして、基金労組も同様に、男子職員についてのみ組合間差別の是正を要求し、二・二八確認を締結したもので、本件選考抜き一律昇格は労働組合の要求に応じてされた措置であるということができるのである。したがって、右昇格措置が、一方において男子職員について取られながら、他方原告ら女子職員については講じられないという不作為が法律上の差別的取扱いであるとしても、その差別的取扱いの決定的行為主体は全基労又は基金労組であり、被告の責めに帰すべき事由はなく、被告が公序に違反する行為をしたものということはできない。

ウ 被告と全基労との間の一・二五協定において、当時全基労所属の女子職員であった一六名の原告について選考抜き一律昇格の措置を取らないこととし、男女差の是正について継続交渉事項としたのであるから、被告がその後右原告らの要求に応じて選考抜き一律昇格を措置することは、これによって直ちに右労働協約に抵触し、さらに、全基労の組合運営につき支配介入を侵すものにほかならない。

また、被告は基金労組との間の二・二八確認において、基金労組所属の女子職員について選考抜き一律昇格を措置しないこととしたのであるから、事後において原告中野及び同岩屋が基金労組を脱退したからといって、被告が右両名の要求に応じて右措置をすることは、基金労組に所属する女子職員の昇格について、基金労組所属の組合員であることを理由として不当に差別的取扱いをすることになり、許されない。

4  原告らが選考抜き一律昇格を要求することは、信義則上許されない。

(一) 原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同益宮及び同矢野の七名は、いずれも経験年数において一八年を超えた後に五等級に昇進したものであるが、全基労は、昇格における男女差の段階的是正による漸進的解消を図るために、一・二五協定を締結し、右原告七名につき遡及昇格に代えて、経験年数一八年の経過をもって五等級に昇格した者の給料の号に見合うように、その給料の号の調整を措置することとし、さらに、女子職員の四等級以上の昇格については、前記のとおり、昇格における男女差を解消するために労使間協議によって新たに基準を定立するものとする継続交渉の条項を成立させた。そして、右原告七名は、右各協定について異議を留めることなく同意した。したがって、右原告らが、昇格上の男女格差を一挙に廃絶せんことを期して選考抜き一律昇格措置の実施を求めることは、信義則上許されない。

(二) 被告は、基金労組との間における一二・二七確認に基づいて、二・二八確認により基金労組所属の男子職員についてなされた選考抜き一律昇格を同労組所属の女子職員については措置しないものとすることを当然の前提として、女子職員に対する昇格措置として給料の号を調整することとし、当時基金労組に所属していた原告岩屋について昭和三八年一〇月一日に五等級に昇格したものとして(実際の昇格日は昭和四七年四月一日である。)給料の号を調整した。原告岩屋は、右労働協約上の措置について異議を留めることなく同意した。

したがって、二・二八確認により被告男子職員についての選考抜き一律昇格を原告岩屋についても措置すべきことを求めることは、同原告が右労働協約の締結後の昭和五六年五月に基金労組を脱退したからといって、信義則上許されるものではない。

(三) 被告においては当時既に昇格上の男女格差は歴然としたものがあって、昇格における右のような男女格差の存在は、被告における女子職員の雇用管理上現在までそれなりの合理性を有していたものであり、女子職員の職業意識、就労姿勢、就業形態等の問題から、一般社会通念とも整合性をもった雇用慣行の要請に至るまで、被告の基金制度創始以来三〇年に及ぶ実績が累積してできた事態であるから、右の格差是正もまた長い年月を要しなければ達成できないというのが女子職員の一般的認識であった。そして、全基労が組合間差別是正の名の下に要求した選考抜き一律昇格は、その基準該当者が男女合わせて四二一名に上ぼるのに対し、職務等級の定数範囲の空席は一五六しかなかったことから、女子職員については、右昇格を措置することに代えて、昇格における男女格差を段階的に縮小していって漸進的に是正する方策を選択するほかはないとする考え方が普遍的であった。

そこで、原告ら一八名は、所属する労働組合の内部関係において、それぞれ一・二五協定又は二・二八確認による選考抜き一律昇格の代替措置を被告に要求し、右代替措置を講じることとした協約を締結することに同意するに至った。一・二五協定、二・二八確認及び一二・二七確認には、原告らの右同意の存在を被告に対する関係において担保し、かつ、昇格については、選考抜き一律昇格の代替措置以外の要求をしないものとする念書条項が特に加えられている。右念書条項の趣意は、男子職員につき実施する選考抜き一律昇格措置と、これと密接に牽連する関係にある措置として原告ら女子職員につき講じる代替措置との両者に関し、将来において、当事者及び当該措置対象たる職員相互間に紛義を来すことなきを保障するにあるのである。

それにもかかわらず、原告らが、今に及んで選考抜き一律昇格を措置すべきことを求めることは、前記各労使間協定に反する行為であり、到底信義則上許されないものである。

5  消滅時効

原告岩屋の請求にかかる不法行為に基づく損害賠償請求権について、被告が基金労組との間で昭和五三年二月二八日に締結した二・二八確認、さらには全基労との間の一・二五確認及び三・一六確認による本件男女別の取扱いが不法行為であるとしても、同原告はそのころ右取扱いによる損害及びその加害者を知ったのであるから、原告岩屋の被告に対する本件損害賠償請求権は、その後三年間の経過をもって民法七二四条により時効によって消滅している。よって、被告は、右時効を援用する。

なお、原告らの右時効が中断した旨の主張は争う。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1(一)  被告の主張1の事実のうち、被告の職員給与規程上、職員の昇格について男女の性別によってその適用基準を別にしていないこと、昭和二三年被告の発足以来男女間に格差が生じていたこと、全基労は、被告との間の昭和五一年九月二二日付け覚書以降、各支部において、基金労組所属の男子職員の昇格実績を基準にして、全基労所属の男子職員のそれとの格差のみならず、女子職員との格差をも一挙に廃絶させる要求をしたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  全基労は、従来の要求を撤回しておらず、むしろ中労委での和解交渉においても、従前どおり全基労組合員だけでなく全職員にまで範囲を広げて昇格における男女差別の是正を、支部間格差の是正と共に、昭和五二年一二月末日までという期限を設けて解決を追った。しかし、被告は資料すら提示せず、交渉は進展しなかったので、全基労が要求して各等級昇格における男女差別の是正が継続交渉事項とされたのである。したがって、被告が原告らにつき男性と同様に選考抜き一律昇格の措置を取ったからといって、何ら労働協約違反とはならない。

2(一)  同2(一)の事実のうち、全基労が、組合分裂があった昭和三九年から被告の組合間差別により不利益を被ってきたので、昭和五一年ころから男子職員の三等級及び四等級の昇格人事において、その差別の是正、回復措置として、被告に対し男性を基準とする経験年数要件による選考抜き一律昇格を全基労所属の男子職員について措置すべきことを求めたこと、昭和五三年一月二五日に一・二五協定を締結し、組合間差別の回復措置として全基労の守屋幹二ほか四九名の男子職員につき経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置することとなったこと、選考抜き一律昇格を措置した全基労所属の男性職員とほぼ同一基準に該当する基金労組所属の男性職員について同様の措置(ただし、三等級の昇格発令時期についての基準は異なる。)をすることを約した二・二八確認を締結したこと、被告は、全基労の要求に従い、同年三月一六日に非組織男子職員についての三・一六確認を締結したことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

(三)  全基労組合員は昭和三九年の組合分裂以降、長い間被告によって昇格・昇給について差別されてきたのであり、一・二五協定は、この長年にわたる被告の組合間差別を是正することを目的とした和解交渉の結果締結されたものである。したがって、基金労組との間において逆差別の問題は生じ得ず、基金労組組合員で昇格が遅れていたものは組合所属を理由に差別されていたわけではなく、専ら勤務成績のためであるから、一・二五協定が締結されたからといって、二・二八確認を締結する必要は全くなかった。しかし、差別されていたわけでもない基金労組組合員について選考抜き一律昇格を行った以上、少数の非組合員について三・一六確認を締結したのは当然の帰結である。

3(一)  同3(一)及び(二)の主張は争う。

(二)  同3(三)ア及びイの事実は否認し、ウの主張は争う。

(三)  長年に亘り男女差別の解消を要求してきた全基労にとって、被告が、男女を共に勤続年数に応じて昇格させることは、全基労の要求を実現することであり、支配介入とはならない。

また、仮に被告と基金労組との間の二・二八確認において基金労組所属の女子職員について選考抜き一律昇格を措置しないという差別的取扱いをする合意がなされたとしても、このような行為が公序に反し、無効であることは明らかである。

4(一)  同4(一)の事実のうち、原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同益宮及び同矢野の七名は、いずれも経験年数において一八年を超えた後に五等級に昇進したものであること、一・二五協定を締結し、右原告七名につき経験年数一八年の経過をもって五等級に昇格した者の給料の号に見合うように、その給料の号の調整を措置することとしたこと、右原告らが一・二五協定に関し同意書を提出したことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

右原告らが提出した同意書は、一・二五協定中の「組合は、協定書中、懲戒処分、賃金・身分の是正、係争事件の取扱い及び解決金に関する協定内容について、それらに関係する組合員の同意書を徴し、右記二の初回支払日までに中央労働委員会及び基金に提出する。」との確認に基づき、提出したものである。したがって、右同意書は、一・二五協定の内容のうち、全基労組合員個人にかかわる賃金・身分等の措置について同意するものであり、それ以外の協定事項について確認するものではない。

(二)  同4(二)の事実のうち、被告と基金労組との間において昭和五四年一二月二七日付け確認書により締結された労働協約に基づいて、昇格措置として給料の号を調整することとし、原告岩屋について昭和三八年一〇月一日に五等級に昇格したものとして給料の号の調整がなされたこと、原告岩屋が一二・二七確認当時基金労組に所属しており、右労働協約上の措置について同意書を提出したことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

原告岩屋が提出した同意書の内容は、同原告が経験年数一三年で五等級に昇格したものとして給料の号を是正することを確認したもので、本件で問題となっている昇格については、昭和五四年一一月三〇日現在四等級又は五等級であった女子組合員について昇格を配慮することを被告が一方的にかつ抽象的に宣言したものに過ぎず、今後女子組合員が昇格について争わないなどという確認は全くなされていない。仮に右同意書が昇格について今後争わないという趣旨で提出されていたとしても、民法九〇条の公序良俗違反に該当し、無効であることはいうまでもない。

(三)  同4(三)の事実は否認する。

5(一)  同5の事実は否認する。

原告岩屋が本件不法行為の損害及び加害者を知ったのは、被告と基金労組との間で、一二・二七確認を取り交わした昭和五四年一二月二七日である。

(二)  被告の消滅時効の主張は、時期に後れた攻撃防御方法である。

(三)  被告主張の消滅時効は、原告岩屋らが昭和五五年七月二三日に被告理事長に対し、東京支部における昇格への必要経験年数を既に満たしている女子職員の処遇については速やかに善処することなどを申し入れたことにより、中断されたものである。

第三  証拠<省略>

理由

一  はじめに、不法行為に基づく損害

賠償請求について判断する。

1  憲法一四条は、法の下の平等の基本原理を定め、これを受けて労働基準法三条は国籍、信条又は社会的身分を理由とする労働条件についての差別的取扱いを禁止し、同法四条は女子であることを理由として賃金について男子と差別的取扱いをしてはならないとしている。これら労働基準法の規定の文言の上からは、女子であることを理由として、賃金以外の労働条件について差別的取扱いをすることは直接禁止の対象とされていないが、右規定の趣旨は、賃金以外の労働条件についても、性別を理由とする合理的理由のない差別的取扱いを許容するものではないと解され、労働条件に関する合理的理由のない男女差別の禁止は、民法九〇条にいう公の秩序として確立しているものというべきである。したがって、本件で問題とされている昇格についても、合理的理由なしに男女を差別的に取り扱った場合には、公の秩序に反する行為として違法であるとの評価を免れない。そして、男女が平等に取り扱われるという期待ないし利益は、不法行為における被侵害利益として法的保護に値すると解すべきであるから、右のような昇格における差別につき被告に故意又は過失があったときは、不法行為が成立する。

2  そこで、このような見地から、本件において不法行為が成立するか否かを検討するに、まず、次の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  被告は、原告らの主張1のとおり社会保険等の診療報酬の審査、支払を行う機関であり、原告らは、その主張のとおり、それぞれ被告支部に入所して就労し、昭和五三年一月一日現在五等級に在級してその後はそれぞれ主張のとおりの等級・号となっている。被告には全基労と基金労組の二つの労働組合があり、原告らは全基労に所属している。

(二)  被告の職員は、原告らの主張2に記載するような業務に従事しているが、右業務は毎月定められた日程に沿って処理され、これに従事する職員に男女の区別はない。そして、毎年の職員採用試験は男女同一に扱っており、支部における採用は男性に比べ女性が多く、昭和五三年六月から昭和五四年五月までの採用者数は男性八六名、女性二一一名となっている。

(三)  原告らの主張3に記載のとおり、被告においては、職務が一等級から七等級に区分され、この職務の等級に対応して給料表も一等級から七等級まで定められ、各等級の職務が規定されている。そして、下位等級から上位等級へ格上げすることを昇格というが、昇格に伴って給料が上がる仕組みとなっている。昇格の要件については、職員給与規定付属の基準に「必要経験年数又は必要在級年数を良好な成績で勤務したものでなければならない。」と定められている。

次に、当事者間に争いのない事実と、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和二三年に被告が設立されてまもなく、東京都支部に職員組合が結成され、その後、逐次支部単位に職員組合が結成され、昭和二五年には右各職員組合を支部とする全国単一組織の全国社会保険診療報酬支払基金職員組合が発足し、昭和三一年に全国社会保険診療報酬支払基金労働組合(全基労)と改称した。

ところが、昭和三九年ころ全基労からの脱退者が全国的に続出し、右脱退者により基金支部ごとに労働組合が結成され、同年五月には右組合を支部として被告の本部及び支部の全事務所にわたる全国単一組織の社会保険診療報酬支払基金労働組合(基金労組)が発足した。

(二)  右組合分裂以降、組合間において組合員獲得活動が活発化していたところ、昭和五〇年七月ころ、被告岡山支部において基金労組所属の女子職員が基金労組を脱退して全基労に加入したことに端を発して部落差別問題に発展し、組合間に紛争が拡大した。これを契機に岡山においては昭和五一年六月に、兵庫では同年一〇月にそれぞれ人権侵害反対共闘会議が結成され、両共闘会議と右部落差別問題に関する管理責任を追及されていた被告の岡山県基金支部及び兵庫県基金支部との間に会合が持たれた。そして、岡山県における同年九月二二日開催の会合において、被告理事長は支払基金人権侵害反対共闘会議及び全基労に対し、労働組合別にその所属によって人事、賃金、昇格及び昇任差別、その他の職場八分をすみやかに改め、そのために全基労中央及び各支部と協議し、早急に解決することを約束する旨の確認文書(以下「九・二二確認」という。)を作成、交付した。

(三)  ところで、被告の職員給与規程上は、職員の昇格について男女の性別によってその適用基準を別にしているわけではないが、昭和二三年に被告が発足して以来、昇格につき男女間に格差が生じていた。そこで、全基労は、右九・二二確認以降、各支部において、基金労組所属の男子職員の昇格実績を基準にして、全基労所属の男子職員のそれとの格差の是正を求めると同時に、女子職員についても格差を一挙に是正するよう要求した。

(四)  他方、九・二二確認を契機として、中労委の仲介による和解交渉が、昭和五一年一〇月二五日から開始された。その交渉項目は労使双方で持ち寄ったが、双方に相当の差があったため、結局、全基労が同年一一月一〇日付けをもって中労委会長宛に提出した要請書に記載された一〇〇項目を交渉項目とし、うち四〇項目を中労委関与事項、残る六〇項目を労使間の自主交渉事項とした。これにより、男子職員の組合間差別問題は中労委関与事項、男女格差の解消問題は自主交渉事項となった。

そして、全基労は、組合間差別の問題については、組合分裂があった昭和三九年から被告の差別により不利益を被ってきたことを理由に、男子職員の三等級及び四等級への昇格人事において、基金労組との差別の是正、回復措置として、全基労所属の男子職員について、基金労組の男子職員の平均経験年数を基準として選考抜き一律昇格の措置を取ることを求め、また、男女差の解消問題については、全基労と協議の上、基準を定めて遅くとも昭和五二年一二月末までに是正することを要求した。これに対し、被告は全基労の要求には応じられないとの姿勢であったため、労使間の交渉は難航した。中労委関与の和解交渉は昭和五三年一月二五日まで続けられ、被告は、中労委の強い勧告により同日一・二五協定を締結するに至った。

(五)  一・二五協定の内容は多岐にわたったが、組合間差別の回復措置としては、当時四等級又は五等級であった全基労組合員守屋幹二ほか四九名の男子職員につき、三等級又は四等級への選考抜き一律昇格の措置を取ることが主であった。右選考抜き一律昇格の具体的内容は、次のとおりであった。

(1) 三等級への昇格

基金労組の男子職員で昭和四二年八月から昭和五二年三月までの間に三等級に昇格した者の昇格時における経験年数(前歴加算等により修正したもの)の全国平均値である二一年一月を超えることを昇格の要件とする。この要件を満たす者のうち、当時四等級であった五名中二名については昭和五三年一月一日付けで、残りの三名については同年七月一日付けでそれぞれ三等級に発令し、できる限り早期に係長にするよう努力する(係長発令までは調査員とする。)。右要件を満たす者のうち、当時五等級であった一五名については、同日付けで四等級にした上、同年七月一日付けで三等級に発令し、できる限り多くの者を係長にするよう努力する(係長発令までは調査員とする。)。

(2) 四等級への昇格

基金労組の男子職員で昭和四二年八月から昭和五二年三月までの間に四等級に昇格した者の昇格時における経験年数の各支部別平均値(別表「四等級昇格の支部別平均勤続年数表」記載のとおりである。)を超えることを昇格の要件とする。この要件を満たす者(三等級の要件を満たす者を除く。)三〇名を昭和五三年一月一日付けで四等級に発令し、同年四月一日までに班長とする。

(3) 必要在級年数の起算日

いずれの昇格についても、上位等級への昇格に当たっての必要在級年数の起算日は、各平均勤続年数に達した日の翌月一日(「達した日」が月の初日の場合はその日)とする。

一・二五協定の差別是正措置としては、右昇格のほか、男女を問わないで給料の号の格差を調整する措置があったが、五等級在級者についての調整に当たっては、男子職員は経験年数が一三年で五等級に昇給した者を基準とし、女子職員については経験年数一八年の者を基準とした。

これらの措置等を定める以外に、一・二五協定では、前記昭和五二年一一月一〇日付け要請書に掲げた事項のうち右協定で合意されなかった事項をすべて継続交渉事項としたが、男女差の解消問題は、その一つであった。

なお、原告岩屋、同中野を除く当時全基労に所属していた一六名の原告は、いずれも五等級に在級し、三等級又は四等級への昇格の要件を満たしていた。また、原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同益宮及び同矢野は、給料の号の調整を受けた上、被告に対し、一・二五協定における自己に関する協定内容に同意する旨の同意書を差し入れた。

(六)  右のとおり、一・二五協定において、基金労組の男子職員の平均経験年数を昇格の要件とする選考抜き一律昇格の措置を取ったため、当然のことながら、基金労組所属の男子職員で、その経験年数において右要件を満たしながら三等級又は四等級へ昇格していない者が出てきた。そこで、基金労組は、これを逆差別であるとして、被告に対して直ちにその是正を求めたため、被告は、基金労組との間において、基金労組所属の四等級又は五等級の男子職員について、全基労所属の男子職員に対する選考抜き一律昇格と同様の昇格措置をすることを約した二・二八確認を締結した。

右二・二八確認の昇格措置の基準は、ほぼ一・二五協定と同一であったが、三等級昇格対象者の発令時期の点で一・二五協定では問題とならなかった要件が定められた。すなわち、経験年数二一年一月以上の三等級昇格対象者の発令時期につき、<1>経験年数二四年六月以上であること、<2>昭和五三年一二月三一日現在四等級であり、四等級の職務についていたこと、<3>同日現在四等級昇格後六月を経過していたこと、以上の三つの要件を設け、三要件とも満たす者を昭和五三年一月一日付け、<1>と<3>を満たすが、<2>の要件を欠く者を同年四月一日付け、その余の者を同年七月一日付けとした。

女子職員の処遇については、二・二八確認においても男女格差の解消問題を含め継続交渉事項とされた。

なお、二・二八確認においても、給料の号の格差の調整がなされ、当時基金労組に所属していた原告岩屋は、五等級に在級し、三等級への昇格要件を満たしていたが、自己にかかわる給与調整等の措置に同意し、今後一切異議を申し立てない旨の同意書を差し入れた。

(七)  さらに、被告は、同年三月一六日、全基労及び基金労組のいずれにも属しない非組織労働者について右措置をしないことは、非組織労働者であることを理由として差別的取扱いをしたことになり、しかも、右差別的取扱いをすることにつき格別の合理的理由はないとして、全基労の要求に従い、右非組織労働者四名について、二・二八確認と同一の基準で選考抜き一律昇格措置を取る旨の三・一六確認を締結した。

(八)  その後、被告は、昭和五四年一二月二七日に基金労組との間において、二・二八確認により基金労組所属の男子職員についてなされた選考抜き一律昇格を同労組所属の女子職員については措置しないことを当然の前提として、給料の号の調整をすることとし、二・二八確認の際継続交渉事項とされた女子組合員の処遇に関し、基金労組において今後異議申立てを行わず、他に一切の請求をしない旨の一二・二七確認を締結した。そして、当時も基金労組組合員であった原告岩屋は、給料の号の調整を受け、被告に対し、右確認内容につき同意すると共に、今後一切異議申立てをしない旨の同意書を差し入れた。

3  右事実によれば、被告の職員は男女が同一の採用試験で採用され、その後各人が従事する業務内容も、男女の区別なく同一であったところ、被告は、全基労との間において一・二五協定を締結して、全基労所属の男子職員で四等級及び五等級在級者について、勤務成績や能力に基づく選考をすることなく、勤続年数という基準に準拠して一律に昇格させる措置を講じ、続いて基金労組との間において二・二八確認を締結して、基金労組所属の男子職員で四等級及び五等級在級者について、同様に選考をしないで、同様の基準に準拠して一律に昇格させ(昇格発令時期に関する一・二五協定との相違については、暫く措く。)、さらに全基労との間において三・一六確認を締結して、非組織労働者であったため、右基準に該当しながら右の昇格措置が取られなかった男子職員について、同様の昇格措置を講じた。これにより被告は、四等級及び五等級在級のすべての男子職員について、勤続年数を基準とした選考抜き一律昇格の措置をしたことになる。ところが、被告は、女子職員については、右昇格措置が取られた男子職員と同一の等級に在級し、右の昇格基準に該当する者があったにもかかわらず、原告らを含むこれら右基準に該当する女子職員に対し、なんらの昇格措置も講じなかったものである。

そうすると、原告ら女子職員は、昇格に関して、右協定及び二つの確認により差別的取扱いを受けたものといわざるを得ず、被告は、右取扱いをすることにより、同じ昇格要件を満たす男子職員と女子職員との間の昇格に格差が生じる結果になることを認識していたものということができる。したがって、この格差の発生につき合理的な理由がない限り、女子職員につき昇格措置を講じなかった被告の不作為は、前述のとおり公の秩序に反するものとして不法行為を構成し、被告は、その責任を負わなければならない。被告は、客観的に違法とされる事実の発生の認識がなかったから故意がないと主張するが、同一の昇格要件を満たす男女に格差が生じること自体の認識があったことは明らかであるから、その結果が客観的に違法であるとの認識が被告になかったとしても、不法行為の要件である故意の存在を否定することはできない。 4 そこで、女子職員について本件昇格措置を講じなかったことにつき、合理的理由があり、違法性がない旨の被告の主張について、検討する。

(一)  被告は、全基労との間の一・二五協定において男女差の解消を段階的に是正する基準を定める旨の労働協約を締結したが、右労働協約が解約されていないのであるから、女子職員について男子職員と同一の昇格措置を取らなくとも違法でないと主張する。

前記認定事実によると、昭和二三年の被告設立以来、昇格制度運用の実績上、男女間に格差が生じていたので、全基労は、各支部において、基金労組所属の男子職員の昇格実績を基準にして、全基労所属の男子職員のそれとの格差のみならず、女子職員との格差をも解消すべく要求をしていた。そして、中労委の仲介による和解交渉において、昭和五一年一一月一〇日に中労委に対し要請書を提出し、女子職員について男女差の解消を図るために、被告に対し、全基労と協議の上基準を定めて遅くとも昭和五二年一二月末までに是正することを要求した。この要求が、一・二五協定において、今後継続して交渉する事項とされたものである。右の事実経過からみると、一・二五協定における男女差の解消という継続交渉事項の内容は、被告と全基労の協議により、基準を定めて男女格差を是正する措置を講じることであり、その際の基準としては段階的ないしは漸進的に男女格差を解消する基準も考慮されていたものと認められる。

しかしながら、本件昇格措置が前記のとおり勤続年数のみを基準とする選考抜き一律昇格という性格のもので、極めて明確な昇格要件を定めて男子職員を一挙に昇格させたにもかかわらず、同一の要件を満たす女子職員については段階的にしか昇格させないというのは、それ自体女性差別であり、その趣旨で労働協約が締結されたとすれば、その協約の効力はそのまま認めることはできない。そうだとすれば、仮に原告らの所属する全基労が、本件昇格差別がされることを認識した上で被告主張の趣旨の労働協約を締結したとしても、原告らとの関係において、右協約締結により本件昇格措置を講じないという被告の取扱いが正当化されるものではない。さらに付け加えるならば、前記の事実経過に照らすと、全基労は、右協定の締結時においては、本件昇格措置が男子職員全員について行われることを予測していたとは認められず、女子職員が新たに差別的取扱いを受けることを考えに入れた上で、右の男女差の解消につき継続交渉とする旨の条項が締結されたものではないということができる。したがって、被告主張の事情は、被告が女子職員について選考抜き一律昇格措置を取らないことの合理的浬由となるものではないことは明らかである。

したがって、被告の右主張は、理由がない。

(二)  次に、被告は、本件協定及び確認における男子職員のみについての選考抜き一律昇格措置は男子職員間に生じた組合間差別ないしは逆差別の是正のためになされたものであるが、女子職員についてはそもそも組合間差別が存在しないのであるから、右措置を講じないという被告の取扱いには合理的理由があると主張する。

前記認定事実によると、全基労は、組合分裂があった昭和三九年から被告の組合間差別により不利益を被ってきたので、昭和五一年ころから男子職員の三等級及び四等級への昇格人事において、その差別の是正、回復措置として、被告に対し、基金労組の男子職員の平均経験年数を基準とする選考抜き一律昇格を全基労所属の男子職員について措置すべきことを求めた。これに対し、被告は、中労委の強い勧告により一・二五協定を締結して、組合間差別の回復措置として、全基労の五〇名の男子職員につき、その要求どおりの経験年数要件による選考抜き一律昇格を措置することとなった。ところが、この措置を知った基金労組は、それが基金労組所属の男子職員でその経験年数において右経験年数要件と同一の基準にある者に対していわゆる逆差別による不利益取扱いをもたらすとして、直ちに右逆差別の是正を求めたため、被告は、基金労組との間において、選考抜き一律昇格を措置した全基労所属の男性職員と同一基準に該当する基金労組所属の男性職員について同様の措置をすることを約した二・二八確認を締結した。さらに、被告は、非組織労働者に対する差別的取扱いを避ける趣旨から、全基労の要求に従い、三・一六確認を締結したものである。

右によれば、確かに、三・一六確認によって男子職員全員に対する実施が完了した選考抜き一律昇格措置は、被告主張のとおり男子職員間に生じた組合間差別の是正に端を発し、男子職員間における平等を実現するという趣旨で行われたものということができる。そして、弁論の全趣旨によれば、女子職員については、男子職員との格差はともかく、組合間の差別は存在せず、その是正の要求はなかったものと認められる。そうすると、男子職員については組合間に格差があり、それに対する是正措置として本件昇格措置を講じる必要があったが、女子職員についてはもともと組合間差別がなく、なんらの措置も必要でなかったものであり、被告の措置は男女別にそれぞれ同性の職員間の平等化を図る目的のためにされたのであるから、それなりに合理性があるという考え方もできそうである。

しかしながら、本件昇格措置が男子職員のみに講じられた結果、右措置が取られる前には同じ五等級に在級して同一の業務に従事していた男子職員と女子職員との間に格差が生じ、前者は一定の経験年数を超えていることを理由に三等級又は四等級に昇格し、後者は同一の経験年数に達していても五等級に据え置かれることになったもので、この昇格については勤務成績等を問題としていないのであるから、右措置による男女間の昇格上の格差自体について合理的な説明を加えることは困難である。そうすると、本件昇格措置の結果として生じた男女間の格差は、結局のところ性別を理由とする差別となんら異なるところはなく、本件昇格措置を講じた意図ないし動機がいかに正当であっても、右の格差の存在につき合理的理由があるとすることはできない。被告は、このような原告らの考え方を、ひたすら理念的男女平等観に駆られて結果の平等だけを追及するものと非難するが、被告の主張は、男女を区別してそれぞれ同性の職員同士でのみ平等を考え、男女相互間の平等を顧みない点で問題があるといわざるを得ないのであって、男女間に格差が生じたこと自体に合理的理由がない以上、原告らが男女平等の理念の実現のために結果の平等を追及するのは当然である。

したがって、被告の右主張は、理由がない。

(三)  さらに、被告は、本件昇格措置に関する男女別の取扱いは、公序に反するものではないと主張するが、労働基準法三条及び四条に関する主張については、前記1に述べたとおりであるから、被告が女子職員について本件昇格措置をしない理由として主張する点について検討する。

被告は、まず、本件昇格措置は被告の規定に反する違法な人事処遇であるから、性別を問わず繰り返すことはできないと主張する。確かに前記認定事実によれば、本件では、昇格の時点においては等級と結びついた係長又は班長の空きの有無を問わずに、その意味では職務の定数を無視して、勤務成績等による選考をしないで一律に昇格させたのであるから、被告の職員給与規程等に反して異常ともいえる昇格措置であるが、それだからといってその効力がないというものではなく、女性差別の是正のために再度女子職員について実施することが許されないものでないことは明らかである。したがって、右の主張は被告の取扱いにつき合理性を認める根拠とはなり得ない。

次に、被告は、本件昇格措置を男子職員についてのみ講じ、女子職員については段階的是正を図ることとしたのは、全基労及び基金労組の要求に応じたものであり、差別的取扱いの決定的主体は右労働組合であって、被告には責めはなく、被告の取扱いは原告らが女性であることを理由に差別したものではないと主張する。しかし、いかに労働組合の要求に応じたものであるからといって、その結果としての差別につき他に合理的理由がなく、女性であること以外に原因がなければ、女性差別にほかならず、被告はその責任を免れないのであって、被告主張のような事情があるからといって、本件昇格に関する差別が女性を理由としたものでなく、公序に反しないなどという立論は成り立たない。

被告はさらに、全基労との間で男女差の解消について継続交渉事項とする旨の労働協約が成立したのであるから、全基労所属の原告らについて本件昇格措置を取ることは、労働協約に抵触するから許されないし、基金労組との間でも女子職員については本件昇格措置を取らないこととしたのであるから、当時基金労組に所属していた原告二名につきその後脱退したからといって昇格させるのは、基金労組所属の女子職員を不当に差別することになり許されない、と主張する。しかし、右労働協約は女性差別の結果が発生することを認識した上で締結されたものでないことは、前述のとおりであり、その趣旨が本件昇格差別の発生後において女子職員に昇格措置を取らないこととしたものでないことは明らかである。また、被告が基金労組を脱退した原告二名のみについて昇格措置を講じるとすれば、他の基金労組所属の女子職員に対し不当に差別することになるが、それは一部の職員に対してのみ昇格措置を講じるという新たな差別を行うからに過ぎず、被告の主張事実は、原告らについて本件昇格措置を講じることが許されない理由には到底なり得ない。

以上によれば、本件男女別の取扱いが公序に反しないという被告の主張は、理由がない。

(四)  被告は、原告らが本件昇格措置を要求することは、信義則に反すると主張するので、これにつき判断する。

まず、原告七名について、給料の号の調整を受けた上で、男女差を段階的に是正する基準を定立することを含む一・二五協定に異議なく同意したから、その格差を一挙になくすことを請求するのは信義則に反すると主張し、確かに右原告らは前記認定のとおり同意書を提出しているが、もともと右の協定の締結に当たっては、前述のとおり本件昇格差別の存在を前提としていたものではないから、右差別の存在が明らかになった時点でその是正を求めることに問題はなく、それが男女格差を一挙になくそうとするものであっても、信義に反するとはいえない。

次に、被告は、原告岩屋は女子職員について本件昇格措置を取らないことを前提として、一二・二七確認に基づく給料の号の調整に異議を留めることなく同意したのであるから、基金労組を脱退したからといって右昇格措置を求めるのは、信義則違反であると主張する。前記認定事実によれば、被告の主張するとおり、原告岩屋は男子職員について取られた本件昇格措置を女子職員には講じないことを前提とする一二・二七確認の内容に同意したものであるが、公序に反する行為である男女差別について、その是正を段階的かつ漸進的方法によることに同意したからといって、その後差別を一挙に是正するよう訴求することを許さないというような効力を認めるべきではなく、右同意の存在も信義則違反の根拠となるものではない。

被告はさらに、本件昇格措置当時存在した男女格差は、長年の実績が累積してできたもので、その是正も長期間を要するのは当然であったため、原告らはそれぞれその所属する労働組合を通じて選考抜き一律昇格の代替措置を被告に要求して、これを講じることとした協定の締結に同意したのに、今更選考抜き一律昇格を求めるのは信義に反する、と主張する。しかしながら、本件昇格措置が取られる以前に存在した男女格差が長年の実績の累積であるとしても、本件において問題とされている男女格差は、一・二五協定、二・二五確認及び三・一六確認によって行われた選考抜き一律昇格に基づいて、同一等級にいた男女が同一の要件を満たすにもかかわらず、一方のみが昇格することによって新たに生じた格差である。したがって、以前から存在した男女格差が勤務成績等に基づく正当なものであって、本件昇格措置が取られた男子職員のみが不当に差別されていた事実が認められるのであればともかく、そのような事実が立証されない以上、本件昇格措置により新たに生じた格差の是正が長年の格差を一挙に解消する結果をもたらすことになるとしても、その是正措置を求めることが信義則に反するというのは相当でない。もっとも、被告の主張するように、昇格は職務の変更を意味するから、本来は職務等級の定数に空きがないと措置できないものであるが、そもそも男子職員について実施された選考抜き一律昇格においても、前述のとおり昇格措置を講じる時点では定数を無視していたのであるから、女子職員についてのみ定数の空きを待って段階的に長期間をかけて昇格させる方策を取るしかないということはできない。そして、原告らが選考抜き一律昇格の代替措置を求め、これを講じることとした協定に同意したからといって、本来の是正を求める請求が妨げられるものでないことは、先に述べたとおりである。そうすると、被告の右主張も、信義則違反を構成するものではない。

右によれば、被告の信義則に反する旨の主張は、理由がない。

(五)  以上のとおりであるから、本件昇格措置に関する男女別の取扱いが違法ではない旨の主張は、いずれも失当であり、被告の不作為は不法行為に該当するといわなければならない。

5  次に、原告岩屋の請求にかかる不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の主張について検討する。

原告らは、右主張が時機に後れているから、却下されるべきであると主張するが、本件訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから、原告らの右主張は採用できない。

そこで、消滅時効の主張の当否につき判断するに、前述のとおり、二・二八確認においては、本件昇格措置により生じたものを含めて、男女格差の解消が継続交渉事項とされ、当時基金労組組合員であった原告岩屋もこれに同意していたところ、昭和五四年一二月二七日の一二・二七確認に至るまで交渉の進展はなく、同確認によって初めてその交渉の結果が現れ、給料の号の調整等の措置が取られたものである。したがって、原告岩屋としては、本件昇格措置による女性差別の事実を認識したとしても、その是正を右継続交渉に委ねるのは自然な成行きであって、これによる是正に期待できなくなったときに損害回復のための権利行使が現実化すると考えるのが相当であり、その意味で同原告が損害の発生を認識したのは右一二・二七確認のときであると解すべきである。そして、原告岩屋が訴えを提起したのは昭和五六年一二月二五日であることは記録上明らかであるから、消滅時効は成立しないことになる。そればかりでなく、前記判断のとおり、本件男女差別は昭和五三年三月一六日の三・一六確認によって完成されたものであるから、右確認の内容を知らなければ損害賠償請求権の消滅時効が進行しないところ、同原告は三・一六確認当時も基金労組組合員であり、右確認は被告と全基労との間の確認であることからすると、右確認締結後まもない期間内にその内容を把握したとも思われないし、原告岩屋が訴えを提起した日から遡って三年以上前に右事実を知ったという的確な証拠も存在しない。したがって、被告の消滅時効の主張は理由がない。

6  そこで、原告らの損害について判断する。

(一)  差額賃金相当損害金

原告らの昭和五一年一〇月一日現在の勤続年数は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らについて二・二八確認による選考抜き一律昇格の措置が適用されて昇格し、その後慣行どおりの定期昇給をした場合、原告らの昭和五三年一月一日からのあるべき等級・号及び賃金額が、別紙差額賃金計算表「是正さるべき賃金」欄中の「等級・号」欄及び「賃金月額」欄に記載のとおりとなること、ただし、原告大泉、同中野、同岩屋については昭和五三年一月から六月までは別紙差額賃金計算表の二のとおりとなることを認めることができる。そして、原告らの昭和五三年一月一日からの現実の等級・号及び賃金額が、差額賃金計算表「現行賃金」欄中の「等級・号」欄及び「賃金月額」欄に記載のとおりであること、賃金及び期末手当の支払日が原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

そうすると、原告らは、被告の不法行為により、別紙差額賃金計算表「差額賃金計」欄記載のとおり(ただし、原告大泉、同中野、同岩屋については同表の二により修正)の金額すなわち別紙認容額一覧表(一)「金額」欄記載の金額の差額賃金に相当する損害を被ったことになる(ただし、原告押川の認容額一覧表(一)の昭和五三年一月分の金額は、損害額から請求控除額一万五八四〇円を差し引いた金額である。)。そして、原告斉藤、同菊地、同上野、同大泉、同内藤、同矢野、同山内、同中野については、本件口頭弁論終結後においても、別紙差額賃金計算表の平成元年九月の「差額賃金月額」欄記載のとおりの金額すなわち別紙認容額一覧表(二)記載の金額の差額賃金に相当する損害が毎月発生することになる(この金額は原告らの定期昇給等により減少していくことが予測される。)。

なお、原告らは、一・二五協定において勤続二四年六月以上の者は昭和五三年一月一日付けで三等級に発令することとされた旨主張するが、右協定の内容は前述のとおりであり、原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告大泉、同中野、同岩屋の発令時期については、二・二八確認における要件を適用すべきである。

(二)  差額退職金相当損害金

原告岩屋及び同益宮が、原告ら主張の日に退職したことは当事者間に争いがなく、右原告らに本件昇格が適用された場合の退職金が別紙認容額一覧表(三)「是正賃金による退職金」欄記載のとおりであり、現実に支給を受けた退職金が同表「支給退職金」欄記載のとおりであることは、弁論の全趣旨により認められる。したがって、右原告らは、被告の不法行為により、同表「退職金差額」欄記載のとおりの退職金に相当する損害を被ったことになる。

(三)  慰藉料

原告らは、女性であるがために選考抜き一律昇格措置を受けられなかったもので、これにより精神的苦痛を被ったことを推認することができる。そこで、慰藉料額につき検討するに、本件不法行為は、男子職員の一部に一回限り実施した本件昇格措置を原告らに対しては取っていないという不作為であること、本件昇格措置は、労働組合の要求に応じて組合間差別を是正する意図で行われたものであること、男女差の解消につき継続して交渉することとされ、それに同意した原告らもいたことなどの前記認定事実、その他諸般の事情を考慮すると、原告一人当たり一〇万円をもって相当とする。

(四)  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人弁護士に依頼し、その報酬を支払う旨約したことは、弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の内容、経過及び認容額その他諸般の事情を勘案すると、本件と相当因果関係のある損害として、各原告について別紙認容額一覧表(四)「弁護士費用」欄記載の各金額を認めるのが相当である。

7  以上のとおりであるから、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、6で判断した損害額の賠償を求める限度で理由があることになる。ただし、本件口頭弁論終結後の差額賃金相当額の損害については、将来における事情の変動により減少することが予測されることを勘案し、予め請求する必要があるのは本判決確定までと解するのが相当であり、そうすると、その後の損害の請求に係る訴えは訴訟要件を欠くことになる。

なお、原告らの金員請求については、他の根拠に基づく請求で右理由のある限度額を超えるものはない(債務不履行に基づく慰藉料及び弁護士費用は、仮に認められるとしても不法行為に基づく額を超えることはないし、将来の請求についても判断が異なることはない。)から、これ以上の判断を必要としない。

二  次に、原告らの昇格等の確認請求の当否について判断する。

1  原告らは、労働基準法四条、一三条を根拠に、男子職員に対する選考抜き一律昇格措置が女子職員である原告らにも講じられ、現実に昇格したことになるとして、昇格等の確認請求をする。しかしながら、当裁判所は、右規定を根拠とする確認請求は、次に述べるとおり理由がないものと考える。

被告における昇格とは、前記のとおり、職務の複雑、困難性及び責任の度合いに基づいて区分された職務の等級を下位から上位へ格上げすることであり、<証拠>によると、被告における職員の職務の等級の決定は、理事長が行うことになっている。したがって、被告の職員に対する昇格は、原則として職務と一体になった等級を被告の人事上の裁量によって変更するものであり、あくまで被告の裁量権の行使であるといわざるを得ない。もっとも、本件においては、前述のとおり職務と直接に結び付かないにもかかわらず等級の変更を認めているから、その意味では本件昇格は、例外的に単なる賃金の引上げという性格のものであるとみられそうでもある。しかし、本件昇格措置における五等級から四等級への昇格についてみると、前述のとおり昭和五三年一月一日に四等級に発令して同年四月一日までに班長とするというもので、職務と等級の分離は三か月程度の暫定的な措置に過ぎず、また、三等級への昇格については、前述のように係長発令まで調査員とすることにより、一応両者が結びついたものとしている。したがって、両者の関連性は、本件においてもなお失われていないということができる。本件昇格措置が右のような性格である以上、これを男子職員についてのみ講じたことが男女差別であっても、女子職員については被告の決定がなければ本件昇格措置が取られたことにならないのが原則であり、この決定がないにもかかわらず昇格したものと扱うには、明確な根拠が必要なはずである。

原告らは、その根拠として労働基準法四条、一三条を挙げるが、本件は昇格における男女差別であって、同法四条違反を構成する賃金差別とは別個の問題であるから、同条は根拠となり得ない。また、本件における差別は昇格措置を取らないという不作為をその内容とするから、同法に定める基準に達しない労働条件を無効とし、無効となった部分につき同法に定める基準による旨を規定している同法一三条の文言に照らすと、同条の適用があると解することには問題があるばかりでなく、仮に同条を適用することができ、その結果女子職員について本件昇格をさせないという労働条件が無効となると解したところで、無効となった部分を補充すべき基準を同法の中に見出すことはできない。原告らは、労働基準法三条及び四条の趣旨は性別による労働条件の差別も禁止しているのであるから、この趣旨が基準となって労働条件の空白をうめる効果が生じ、男子職員についての労働条件が女子職員にも適用されると説明するのかも知れないが、そのような法解釈には相当な無理があり、解釈の域を超えていると評さざるを得ない。さらに、男女雇用機会均等法も、昇格を含む昇進については均等な取扱いをするように努めなければならないとし、努力義務を定めるにとどまっている。

これらの点を考慮すると、被告の昇格決定がない以上、原告らの主張する根拠によっては、本件昇格措置により原告らも昇格したものと扱うことはできないというべきである。したがって、原告らの右主張は、理由がない。

2  原告らは、確認請求の根拠として、債務不履行も主張するが、仮に被告が使用者として労働契約に基づき原告ら労働者を平等に取り扱う義務を負うとしても、その債務の不履行により損害賠償請求権が発生することは格別、原告らが昇格したものと取り扱われるという効果を生じるいわれはない。したがって、債務不履行を根拠とする確認請求も、理由がない。

三  以上によれば、原告らの本訴請求は、差額賃金相当損害金、差額退職金相当損害金、慰藉料及び弁護士費用の請求については、一で判断した限度で理由があり、差額賃金相当損害金及び差額退職金相当損害金に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求も理由があるが、昇格等の確認請求は理由がない。また、将来の差額賃金相当損害金の請求のうち本判決の確定後のものに係る訴えは、訴訟要件を欠いている。

よって、原告らの請求を右理由のある限度で認容し、訴訟要件を欠く部分に係る訴えを却下し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行とその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 阿部正幸 裁判官 酒井正史は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 相良朋紀)

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